子を連れいしがきへ。WAGESTAZは凄い気迫でとても盛り上がっていた。あっという間に終わった気がしてあと7曲ぐらいやってほしかった。私は右腕に子、左手に職場の先輩のドリンクを持ち演奏が終わる頃には右腕が崩壊しひどい有り体であった。ナナック近くの甘い味噌ラーメンを喰らい、でんでんむしで盛岡駅へ。気になっていたレオラグリートをチラ見す。ともきくんのドラムはしっかりとボトムを支えニシさんのギターは流石の腕前で伸びやかであった。またBUS-BUSで戻り以前対バンしたこしまわりさんを見てその詞世界の深淵を覗こうとしたら既に終わっており無念。その後の平賀さち枝をチラ見しようとすると久方ぶりの先輩に声をかけられる。今もバンドをやっておられるようで嬉しくなる。7secondsのTシャツに反応してくれるし。そしていしがきとは別会場の妻の太鼓を見て帰った。人で溢れた会場を離れベッドに体を沈めるとさっきまでの光景が嘘のようだった。盛岡にバンドマンがあんなに沢山いるならその端くれとして一度ぐらい出てみたいものだ。しかしsandinista!ではいくら金を積もうともエヌジーだろう。We Are!とかCamusみたいな日本語詞イーストベイパンクロックバンドやりてえなあ。まずはギターを弾くところから。
sandinista!を解散した。コロナ禍で長らくスタジオにも入れずモチベーションの維持ができなくなったのが自分が思う原因。漫然と練習を再開しようとしたもののバンドがない生活が当たり前になってコロナ以前の気概は誰も持ち合わせていなくこのまま続けても仕方ないという結論。自分はこのバンドではとにかくテンションを念頭に置いていたはずなのにその張本人がこんな状態ではと思ったらもう続けられる気がしなかった。唐突な話をしてメンバーもポカン状態だったと思うもののすんなりまとまったのはセト氏がすぐに納得してくれたおかげだと思う。どこまでも優しい男で氏の存在に何度救われたかわからない。 気がかりだったのは延期していた自主企画のことだった。そもそも自分が言い出して進めていたことではあって元々個人に名義を変えてでもコロナが収束したら開催する気でいた。しかし企画のバンドが倒れて当初の予定と形が変わるのはコロナ禍でも活動を続ける対バンの皆さんに対して不甲斐なかった。それでもただのバンド好きとしてあの対バンでライブを見たい(所謂ぼくのかんがえたさいきょうのらいぶ)という気持ちは変わっていないので必ずやる予定でいる。初回以降も関わりたいバンドが沢山いるし収束後は身軽にやっていきたい。 そしてこの珍妙なタイミングで地方の凡百バンドの解散を公にしたらコロナで散った悲劇のバンドを演出するようでアレかなと思ったりもした(他の人がそうしても別にそう思わないけど自分のことになると被害妄想ひどくてマジで叩かれたくない)けど自分がアレなのは変わらないしお世話になった方々に報告しねばねぇと湿っぽくツイートしたところRTや有り難いコメントをいくつも頂戴した。このバンドをやったからこその縁と思うとなんなら泣きそうになった。弱っちゃう。音楽を続ける新しい糧ができた。 ということであっという間の5年半だった。圧縮すれば3年ぐらいだけど楽しかった記憶が多いのは幸い。メンバーをはじめこのバンドで関わった方々に感謝。落ち着いたら関係各位で思い出に浸りたい次第。そしてこの423回更新したワニのブログもこれにて完結です。くぅ〜疲れました(以下略)とうとう個人ブログに移るときが来た。自主企画の詳細やまた別のバンドや個人でも活動するのでどうか引き続きこの糞人(くそんちゅ)をよろしくお願いします(最後までお下品な人でごめんなさいね)
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