スキップしてメイン コンテンツに移動
ようやく疲れも取れていろんなことに着手できそうだと思ったら会社の面倒な行事の担当になってしまった。一社員の意向で開催が決まって強制される行事ってなんなんだぜ。やりたいなら自分でやってよねという不満はさておき全工程を一人でやるのはダルシムこの上なくヨガフレイム。笑ってたいから踏む韻、要らねえ怒りなんて封印、とGKマーヤンが証言でラップしてたから俺も飲み込むぜ溜飲、スヴェンソン行きたいぜ通院。しかし若い人が多い職場は月一で休日にバーベキューとかしたりするのだろうか。辛すぎる。全然マシと認知することにする。
気温の上昇に伴い気分も上の空になりスミスやサニーデイサービスのDance to you収録のメロウなやつ聴いて現実逃避しようと思いながら聴いてない。メロウといえばI Like Young Girlのアルバムの2曲目Summerが最高。イントロの流麗なリフはSpy Versus Spyを彷彿とさせられるやるせなさ。The Lionsが好きな人は必聴であります。Lionsの7インチの3曲目にあるオクターブ奏法とほぼ同じフレーズの曲もあってアッ…エヘヘ…となる。メロディックパンクが好きな方にはぜひお勧めしたい音源である。
先日喜盛の湯に行ってひとしきりくつろいで駐車場を出ようとしたら自分より一回りは年上の見知らぬ男性に窓をノックされた。なにかと思ったらバッテリーが上がったのでケーブルを貸していただけませんかとのこと。お忙しいところ申し訳ありませんと重ね重ね謝罪されながらケーブルを繋いだところうんともすんとも言わず全く直る気配がない。低姿勢で縋るように来られたにも関わらず役に立てなかった状況に風呂上がりの火照った体は冷え額にかいていた汗も乾いた。車屋に電話をかけるからもう大丈夫ですと言われなぜかこちらが謝りながらその場を後にした。帰りに穴場で油そばを食べたのにあまり美味しく感じられなかった。こんな日が二度と訪れませんようにと願った。穴場は美味しいに決まってるので来月も行く。

コメント

このブログの人気の投稿

暑い。体が慣れていなくうだる。また冷房でだるくなりがちな季節がやって来るのね。胃腸の調子がよくないこの頃のため好物のコンビニアイスコーヒーを控えなければいけなく辛い。ヒャッコイビール飲んで気絶するように眠ることだけ考える。 青森unk distro渡辺さんから音源が届きホクホク。大変貴重なブツやミックステープもいただき嬉しさを噛みしめる。この場を借りて御礼申し上げ奉りたい。NAVELの音源をやっと聴けたし内容もとてもよかった。そして巷で話題の弘前の trash youthのデモ を拝聴。そちらの音に全く明るくないけどクロスオーバーとか割とストレートなニュースクールなんだろうか。でも音質がザラッとしてて聴いてて疲れないしわかりやすくて格好良い。演奏にSnapcaseを感じる。初期衝動感もありつつバランスがいい印象でボーカルに至ってはスポークンワーズもあってマジかと。録音は多少荒いもののまだ大学生らしいしこれは凄すぎ。やはり青森という土地にはなにか魔物的なモノが潜んでいる。繰り返し聴くことになりそう。 一方私は新バンドの練習でヘンリーロリンズのロンリーがどうこう等と歌ってきた。2回目にして3曲まとまりつつある。叫ばないせいか思ったより疲れないしニスタに負けず劣らずの良いメンバー揃いで和気藹々なので二足のわらじで頑張りたい次第。秋にはライブしたい。
3ヶ月ぶりにブログを書きます。お久しぶりでございます。お察しの通り会社を辞めて無職業に従事してました。小学生になった子の送り迎えや夕飯の準備や家事全般を主夫さながらに行うことにより家庭内での基本的人権を守りながら職業を安定させる場に通い職業訓練校への入校を許可されたところまで来た。同じ志を持つ無職の仲間たち(心強い響き)と勉学に励む半年間がいざ始まらんとしている。ツイッターも見たり見なかったりしてたけど今後の目処も立ってこの世の春も終わることだしブログを書こうかなと思い立ったから書いてる。しかし前にブログに書いたことがそっくりそのまま現実になっていてビビル。一日だけモヒカンにもした。これが言霊ってことかな(得意の押韻)ランシドとマイナースレットのジャケの真似の写真は毛量の都合により撮影できなかった。悔しいです。 この間バンドのことは一切やっていない。とてもやれる気持ちじゃなかった。子が小学校に通うことでの生活の変化が大きすぎてドン引きする日々だった。保育園のときと比べて負担は300倍である。朝は早いし基本的に1時間かけて徒歩通学するから交通事故や変質者に遭わないか心配だし送り迎えするにもルールが多いし家に帰れば宿題の答え合わせやプリントの確認や持ち物の準備が毎日あるしでてんや&わんや&がんじ&がらめ。そして児童館に行きたくない問題も勃発。放課後の児童館での時間が嫌すぎて学校で泣いて「『パパはいつも家にいるから迎えに来れる!!』と泣いているのですが迎えに来れますか…?」と担任から呼び出されることもあった。自分が無職になったことで生まれた甘えでもある気もしつつあのまま仕事を続けていたらどこかで破綻していたろうしと複雑。それに加えて過保護なママ友が勝手に我が子を甘やかしておきながら他のママ友にそれを曝して子の立場を貶める胸糞事案により確執が生まれたり送り迎え中に前職の社員にエンカウントして今後も遭遇しないかプルプルしたり。そういう最近だった。これらのストラグルがバンドをやるモチベーションを高めているのはあるかもしれない。大声を出したくなってきた。ギターは弾きたくない。 音楽面では大きな変化があった。あれほどサブスクに抵抗がある発言をしておきながらSpotifyプレミアムを愛用している。というのも収入がなくなるというのに調子に乗ってレゲエやレアグルー...
前回の続きで東京で組んだバンドの話を書いていた分を投下。何がそこまで自分を突き動かすのかわからないけどワイ蔵さんやTurning Centerのちんねんさんまで読んでくださったらしくウヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ(裏声)となりながら書く。そして他の人のこういう話を読みたい。自分は人の気持ちがよくわからないから少しでもそれに触れて安心したいのでしょう。しらねえけどよ!言わせんな!ペッ!ピチャッ!(ツバを吐きそのツバが地面に落ちる音)ところで寝てるときにツバを吐くことってありますか?僕はあります。 上京が決まりアパートを治安の悪さが抜群の蒲田に決めたところで実家にいるうちにメンボサイトでメンバーを探した。キウイロール、envy、Spiral Chord、Killieが好きです等と書いた気がする。同世代のメンバーが割とすぐに集まって上京して一ヶ月も経たないうちに渋谷のスタジオに入った気がする。練習後にウェンディーズだかのバーガー屋でチリポテトセットを食べながらメンバーとiPodの中身を見せ合ってキャッキャウフフした記憶があるから多分そうだと思う。しかし順調だったのはここまでだった。ベースが転勤になったと言って抜けてドラムはポストロックになってからのenvyが好きだったらしく方向性が違ったと言ってさっさと抜けた。唯一残ったギターの友達のベースが入ったけど二人とも演奏がうまくて完全にイニシアチブを握られて自分が作ったデモもハマらず曲作りも進まないエモーチブな状況に陥り結局3cmtourのコピーをやることになった。確か涼子は恨んだだったけどもう1ミリも弾けない。そして当時はもっと分かりやすい激な音をやりたかったのでそこまで気が進まずにアパートでギターを練習していたら大学生らしき隣人に壁ドンされた。それなりに防音の効いた部屋と説明されたのに音が最も小さいであろう生音のアルペジオ聞こえるとかあり得なくなーい?ムリなんだけどーと思った。そして岩手ではお目にかかったことがなかったゴキブリが絶妙に不気味なタイミングで動き回ってそれの対処に必死だった。フローリングや畳の部屋ならまだしもなぜかフロアカーペットが敷かれた4.5帖の部屋だったこともあり室内を高速で動かれると異物感が尋常じゃなくて本当に気持ちの悪い存在だった。 それでもどうにか練習してスタジオに臨んだ。自分のギターが下手で微妙な雰囲...