スキップしてメイン コンテンツに移動

夜が涼しくてだいぶ捗る。布団を被って眠れる幸せよ。足は暑いからまだ出す。ふとthe north endを思い出して1stアルバムを聴いたら懐かしさに震えた。真摯な感じの日本語詞エモロックという感じで好んで聴いていた(あとクラッシュ・イン・アントワープとかインビシブルマンズデスベッドとかこの辺のギターだけエモ経由みたいなバンドとか大好きだったしなんなら今でもカラオケで歌いたい)その後を追えてなかったなと思って検索してたら結構音源も出してたらしくフムフムと最新音源(といっても2015年のSay Hello To Neverからのやつ)のレビューを見たら「ラスタファリズムやレゲエ・カルチャーに影響を受けたダブ・サウンドをMIXし、多角的なアレンジで最早ジャンル不明のポリティカルバンド」とありびっくり。一体12年間で何があったのかと。雷に打たれたかハッパでもやったのかと勘繰りながらその音源リリースに寄せられたkillie伊藤さんのコメントを見ると吉祥寺ワープのクラブカルチャーに影響を受けて〜というのがあってそういうことかと。意外なつながりに感じたけど近くで見てきたのがよく伝わったし変に持ち上げる訳でもなくいいコメントだなと思った。
仕事の愚痴を書くコーナーを始めます。会社で機器交換の話が急ぎで出たので偉い人に慌てて根回ししてどうにかまとまったのであーよかった(花*花)と思って帰ろうとしたら鞍替えされることが決まったリース会社から即座に連絡が来てネチネチ嫌がらせみたいな受け答えをされてイッラー。「同じ社内の〇〇さんはうちを選んでくれたのに相見積もりすら取ってくれないなんてヤマシタさんとは随分相性が悪いようだ」と言われ震える手(普段文句言ってくる業者とかいないし名前間違ってるし意味不明すぎて怖くなっちゃった)を抑えながらソッスネーあと名前違いますねと返答し即退勤。前の担当は自分のような若造にでも腰が低くてリース料も頑張ってくれてたから選んでたけどこの人は数年に一度の大きな物件のときに胡座かいて高く出してきて印象が悪かったし今回は相見積も不要だっただけなのにこの言い様。そういう常套手段なのかもしれないけどこちらが気を遣う義理はないし自分より二回りも年上のいい歳の大人が自省するどころか客のせいに逆ギレしてみっともないとしか思えない。もう使わないからいいとしてむかついた。チンポみてぇな名前しやがって。人のことは言えないがね。中一のときにあだ名がビッグアンダーになりかけて焦ったことを思い出す。決して大きくないし本当よかった。センシティブな内容を含むブログを書いてしまった。メンバーと飲みたい。来月。セトニスタにずっと会ってない気がする。元気かい。

コメント

  1. セトニスタだ!飲もう!

    返信削除
  2. 10月飲もうぜ!
    新バンドの話を聞かせてもらおう!

    返信削除
  3. ヤッター行こうぜ行こう!
    新バンドの話も正式にお話いたします笑

    返信削除

コメントを投稿

このブログの人気の投稿

Samiamが来夏の3連休に来日。しかもCamusとケニーベイカーとダーサテが対バン。おいおいおい。行きたすぎる。 LIVEAGEの紹介の記事 にYou are freaking me outが出ててやっぱりこのアルバムは偉大なんだと。ちょっと元気が出た。ツアー初日は私の33歳の誕生日。めでたいし行きたいし。節約して夜行バスで帰りますし。 ボーナスが期待できないため投資などして資産を増やす方法を妄想している。プレジデントオンライン(プレジデント南部城ではない)に載ってた年収400万円台で3.2億貯めた人の記事を読んだら会社勤めが嫌で早く辞めたくて貯蓄をはじめて株を運用していざ金が貯まっていつでも会社を辞められると思えるようになったら会社勤めがストレスではなくなったという話。とても勇気付けられた。この人の徹底した行動と継続する苦労は計り知れないけど働くことが苦痛じゃなくなるなんて。一刻も早くその域に達したいものである。こんなブログなんて書いてるバヤイじゃねえっつうの!窓から海に飛び込む!オライ!(ロストインタイム)
sandinista!を解散した。コロナ禍で長らくスタジオにも入れずモチベーションの維持ができなくなったのが自分が思う原因。漫然と練習を再開しようとしたもののバンドがない生活が当たり前になってコロナ以前の気概は誰も持ち合わせていなくこのまま続けても仕方ないという結論。自分はこのバンドではとにかくテンションを念頭に置いていたはずなのにその張本人がこんな状態ではと思ったらもう続けられる気がしなかった。唐突な話をしてメンバーもポカン状態だったと思うもののすんなりまとまったのはセト氏がすぐに納得してくれたおかげだと思う。どこまでも優しい男で氏の存在に何度救われたかわからない。 気がかりだったのは延期していた自主企画のことだった。そもそも自分が言い出して進めていたことではあって元々個人に名義を変えてでもコロナが収束したら開催する気でいた。しかし企画のバンドが倒れて当初の予定と形が変わるのはコロナ禍でも活動を続ける対バンの皆さんに対して不甲斐なかった。それでもただのバンド好きとしてあの対バンでライブを見たい(所謂ぼくのかんがえたさいきょうのらいぶ)という気持ちは変わっていないので必ずやる予定でいる。初回以降も関わりたいバンドが沢山いるし収束後は身軽にやっていきたい。 そしてこの珍妙なタイミングで地方の凡百バンドの解散を公にしたらコロナで散った悲劇のバンドを演出するようでアレかなと思ったりもした(他の人がそうしても別にそう思わないけど自分のことになると被害妄想ひどくてマジで叩かれたくない)けど自分がアレなのは変わらないしお世話になった方々に報告しねばねぇと湿っぽくツイートしたところRTや有り難いコメントをいくつも頂戴した。このバンドをやったからこその縁と思うとなんなら泣きそうになった。弱っちゃう。音楽を続ける新しい糧ができた。 ということであっという間の5年半だった。圧縮すれば3年ぐらいだけど楽しかった記憶が多いのは幸い。メンバーをはじめこのバンドで関わった方々に感謝。落ち着いたら関係各位で思い出に浸りたい次第。そしてこの423回更新したワニのブログもこれにて完結です。くぅ〜疲れました(以下略)とうとう個人ブログに移るときが来た。自主企画の詳細やまた別のバンドや個人でも活動するのでどうか引き続きこの糞人(くそんちゅ)をよろしくお願いします(最後までお下品な人でごめんなさいね)
2/8のライブに弊バンドギタリストであるセトニスタの出張が重なり不在になることに。これは出演キャンセルかと諦めかけたところ往生際悪く私がギタボでやることを思い付いた。自分で考えておきながら、え!!2週間でギターボーカルを!?出来らぁっ!状態で個人練に入りバンドでも合わせてもらったものの改めてセトニスタの上手さと自分の下手さに驚く。ウーム。どのライブでもそうとはいえあの凄まじい対バンで不完全な状態で出ていいのかと悩みつつ毎日ギターを触って感覚を体に教え込むしかなし。ただの客として行くでも致し方ないけどできるものなら対バンで同じ土俵に立ちたい。しかしギタボは体力的に辛い。二度とやりたくなくなる。世のギタボの偉大さを痛感する夜である。 冬は歌が聴きたくなる。夏は股間が痒くなるのと同じように。先日トニー a.k.a ワイ蔵くんさん(PastWalkerでサポートギターをやるというツイートを見て一人で超絶ぶち上がり倒したしライブ見テェー!)がタワレコのセール情報を挙げてくだすったおかげで水玉さがしのアルバムをはじめあれよあれよと30枚ほど購入。こういったセールが大好きな半面、今回は個人的に大好きな音源が安売りされていて悔しさもあった。ユニオンやアマゾンを見てもほぼ定価で出てるしタワレコではシステマチックな処理がなされただけだろうけどもこれを思うとcrocs distroも悪の片棒担ぎではないけど罪悪感に苛まれるし誤解のないように改めてよく考えないといけない。好きな音源を広めたいがために安く出すことが好きな音源や製作者に対して失礼なことになってしまう。所謂感情と勘定の問題である。しかし今これ以上考えても迷宮akaラビリンスに入り込むだけなので一旦寝んとす。