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デモの録音が差し迫ってきたので
自分のバンドのスタジオ音源を聴いている。

sandinista!は、オルタナガレージ系バンドTHE DAWNSの
ギターボーカルのセト氏とベースのアベ氏、
ギターロック・エモ系バンドA Box of Chocolateのドラムのシブヤ氏と
以前mouth of speech、genomeoutというバンドをやっていた
ボーカルの私からなる4人組バンドである。

初スタジオで様々な曲の原石ができたことと、
速い曲をやってみたいという話が出たとき、
オルタナやエモを中心にやってきた我々がパンクやハードコアをやるってまるで
The Clashが初期パンクからダブ、レゲエに傾倒したアルバム
sandinista!みたいやんけ!と思い、
後日バンド名に提案したところすんなり決まった。
ちなみにクラッシュはLondon CallingのLost in Supermarketが好きだ。

セト氏とアベ氏は昔から大好きなプレーヤーである。
十代の頃からバンドを共にする二人の結束はダイヤより固いように見え、
ふたりはプリキュア。ではない。
シブヤ氏は初ライブで見せた強靭なドラミングから
ブレンダンだ、盛岡にブレンダン・キャンティがいた、
と盛岡のエモーティブハードコアバンドBullet and Travolta先輩に言わしめた。
ユーモアとガッツを兼ね備えたナイスなガイだ。酒を飲むと滅法明るくなる。

そのようなメンバーに囲まれながら青息吐息で叫ぶ私も、
JAWBOXを狂い聴いた学生の時分に盛岡のJロビンスと言われたことが
あった気がすることを誇りに今日まで生きながらえてきた。
今は不来方ギー・ピチョットあるいはデイヴ・スモウリーと呼んでもらえないかと
夢見ている。デヴ・スモウトリと言われるほどは太っていない。
木曜の夜のテンションなので多少の失言は見逃してほしい。
もう眠った方がいい、明日も仕事が待っているんだから…

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3ヶ月ぶりにブログを書きます。お久しぶりでございます。お察しの通り会社を辞めて無職業に従事してました。小学生になった子の送り迎えや夕飯の準備や家事全般を主夫さながらに行うことにより家庭内での基本的人権を守りながら職業を安定させる場に通い職業訓練校への入校を許可されたところまで来た。同じ志を持つ無職の仲間たち(心強い響き)と勉学に励む半年間がいざ始まらんとしている。ツイッターも見たり見なかったりしてたけど今後の目処も立ってこの世の春も終わることだしブログを書こうかなと思い立ったから書いてる。しかし前にブログに書いたことがそっくりそのまま現実になっていてビビル。一日だけモヒカンにもした。これが言霊ってことかな(得意の押韻)ランシドとマイナースレットのジャケの真似の写真は毛量の都合により撮影できなかった。悔しいです。 この間バンドのことは一切やっていない。とてもやれる気持ちじゃなかった。子が小学校に通うことでの生活の変化が大きすぎてドン引きする日々だった。保育園のときと比べて負担は300倍である。朝は早いし基本的に1時間かけて徒歩通学するから交通事故や変質者に遭わないか心配だし送り迎えするにもルールが多いし家に帰れば宿題の答え合わせやプリントの確認や持ち物の準備が毎日あるしでてんや&わんや&がんじ&がらめ。そして児童館に行きたくない問題も勃発。放課後の児童館での時間が嫌すぎて学校で泣いて「『パパはいつも家にいるから迎えに来れる!!』と泣いているのですが迎えに来れますか…?」と担任から呼び出されることもあった。自分が無職になったことで生まれた甘えでもある気もしつつあのまま仕事を続けていたらどこかで破綻していたろうしと複雑。それに加えて過保護なママ友が勝手に我が子を甘やかしておきながら他のママ友にそれを曝して子の立場を貶める胸糞事案により確執が生まれたり送り迎え中に前職の社員にエンカウントして今後も遭遇しないかプルプルしたり。そういう最近だった。これらのストラグルがバンドをやるモチベーションを高めているのはあるかもしれない。大声を出したくなってきた。ギターは弾きたくない。 音楽面では大きな変化があった。あれほどサブスクに抵抗がある発言をしておきながらSpotifyプレミアムを愛用している。というのも収入がなくなるというのに調子に乗ってレゲエやレアグルー...
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